2023年3月に発売された太田光の最新著書<笑って人類>
<文明の子>(2012年)に続く太田さんにとって11年ぶり3作目の書き下ろし小説になりました。
描かれる舞台は今から100年くらい先の未来。主要国のトップが集結する「マスターズ和平会議」に遅刻した小国のダメダメ首相が、しかしそのおかげで命を救われ、世界平和の実現のために立ち上がる話。
内容は一言でいうとドタバタ喜劇。突拍子もないコメディ要素あり、エッジの効いた皮肉あり、ほっこりした気持ちになる未来の希望あり。いかにも太田さんらしいメッセージの込められた大作になっています。
読み終えた時の充実感は期待を超えるものでした。
ただ、太田さんらしいの裏返しで、やや難解に感じたり、言い回しや世界観に置いてけぼりになってしまう読者もいるのではと思う部分もあるのではと感じました。
そこで、今回は爆笑問題、太田光の十年来ファンである僕が太田さんが伝えたかったであろうメッセージを3つに分けて可能な限り分かりやすく解説します。
太田さんのメッセージは独創性の中に深みがあって今後の学びになるはずです。
*以下ネタバレを含みます
どんなにダメな人間でも行動で図らずも周りが変わる
主人公の富士見幸太郎はピースランドという世界的には小国とはいえ一国の首相でありながら一貫してダメな人間として描かれています。ろくな実績もなく国民から親の力で総理になったバカ総理と評され支持率は脅威の0%。
そんな富士見が最初にして唯一意欲的に取り組んだのがテロ国家共同体(ティグロ)を含む世界和平交渉。
世界の中心国であるフロンティア合衆国のホワイト大統領の熱意に感銘を受け、影は薄いながらも一番近くで交渉を見ていた富士見。
しかし、和平の調印式はティグロの長ブルタウの自爆テロという形で各国首脳を巻き込み最悪の形で幕を閉じます。
ここで富士見はホワイト大統領への尊敬の念と自分自身の青臭い理想に駆り立てられ、マスターズ和平会議をピースランドで行うという決断をします。
フロンティア大統領代理に親書を書き、長老に盾突き、国民のバッシングを振り切りマスターズ和平会議の開催にこぎつけることになります。しかし電波ジャックにより会議はまたもや中止。
しかし、自らの青臭い理想に加えてアンへの強い思いからどうしても諦めがつかなかった富士見は事件をうけ鎖国体制にあったフロンティアに秘書らを率いて強行入国。これが後の和平調印に繋がることになるのでした。
国民からは無能なダメ総理とされている富士見に仕える秘書のひとり桜春夫。
常にふざけた雰囲気のあるとぼけた男桜。
「この国は小さな人間が暮らす小さな国家です。傷だらけの子供のような未熟な国家なのであります」
「・・・私にも100年後はどうなるか分からない。分からないからこそ面白い。政治は我々政治家のためにあるのではない。未来の子供たちに為にあるのです。たとえ現代の我々の判断が間違いだったと証明され、この土地から人類が消滅したとしても、それはそれで面白いではありませんか。少なくとも私達は挑戦したという記録が残るのです。その歴史を得た私たちの子孫は、きっと私達より優れた叡智を持つでしょう。そして、彼らはきっと別の未来を創るでしょう。未来はきっと面白い。そう私は信じているのであります」
桜はいつの間にか演説に引き込まれていた。名秘書誕生の瞬間です。
「ありゃ名演説だった。惚れ惚れしましたよ。あれから毎日あなたと街頭に立った。あなたは私の人生を狂わせたんですよ」
天山大噴火被災者の篠崎翔。被災し、優秀で人気者だった兄、翼を亡くし、母親は翼の死を受け入れられず翼の人形に陶酔してしまいます。翔自身も翼を失ったことで人気者だった翼より劣ることに負い目を感じ周囲との関係が悪化していきました。
そういった環境で過ごしていた翔は次第にネット上で挑発的な発言を繰り返しては疎まれ、評価ランキングでもかいに評されます。家庭からも世間からも孤立した存在の翔。
そんな翔が山に隠れた船を見つけたことで変わっていきます。
昔、自らがつくったアニメに関することを総理に陳述し、それが結果Drパパゴ事件の進展に寄与。
船を友人たちと協力し翼の人形とともに海に返すことで母親を翼の呪縛から解放し自分への感情を取り戻させることになるのです。
作中に登場する立派とされる人間、ダメと評される人間の大小様々な行動がちょっとずつ未来の変化に繋がっているのです。
思いの通った体験によって人の心は動き行動に繋がる
富士見が和平交渉に意欲的に取り組むきっかけはホワイト大統領でありティグロの二人でありその思いを強固なものにしたのはアン臨時大統領の存在でした。
「ホワイト大統領の熱意は大変なものでした。根気よく本当に熱心にティグロの要人たちにマスターズの重要性を説いていらっしゃった。政治外交とはこういうものかといつもしみじみと感じた」
「アン大統領。私はティグロの首脳陣同じ熱量を感じていた。あの青年のような二人です。そう感じませんでしたか?ティグロの連中はこの交渉に前向きだったように思えた。ホワイト大統領の交渉が少しずつ変えていった。そんな実感があったんです」
そんな思いを胸に一度目のマスターズ失敗のあともアンに親書を書きティグロとの交流をまとめてマスターズの開催にこぎつけます。
二度目の失敗後はアンと夜のボートで過ごし、アンへの信頼、淡い気持ち、そして青井徳次郎の「連続性球体理論」に胸躍らせた過去に駆り立てられ鎖国体制のフロンティアに乗り込みます。
アンがアンドロイドだと理解し受け入れ、信頼は変わりませんでした。
ティグロの若い二人はホワイト大統領やアン、富士見と交渉を重ねるなかで少しずつ感情が芽生えて来ます。ティグロ以外の人間に想いをぶつけられ、現実が少しずつ動くなかで彼らの彼らに芽生えた感情が変わっていき、和平協定に結びつくことになるのです。
翔は山で船を見つけます。
その船残された想いに兄翼との想いを馳せ海に戻そうと奮闘する中で、友人や家族との関係が変わっていきます。ネットのなかで挑発を繰り返すだけだった翔の姿はなく、友人たちに感情を吐き出し、協力し奮闘する気持ちに呼応するよう母親が翔を助けようと必死に海に飛び込みます。にロボットでは満たされなかった家族関係が満たさるきっかけになりました。
世間やネット上の声では何も変わらないことも、思いを感じ行動を起こしたことで周囲が思いで応えていきました。
翼のロボットは最終的に人に喜びを与えることはありませんでした。アンはアンドロイドでしたが人の心を動かしていきました。青井の理論は後世の人々の行動を呼び起こしました。
やっぱり人生は面白い
青井徳次郎の「連続球体性理論」ではこう述べられています。
「この世界に存在するすべての物質は生命は永遠に分裂と結合を繰り返し続けている」
富士見はひょんなことから死ななかった。
そんな彼は世界のなかで唯一生き残ったリーダーとして歴史的調印式に参加することになります。妻の洋子は満面の笑みで拍手を送り続けていました。洋子の顔を見て富士見は今まで自分が妻を喜ばせないで生きてきたかを思い知りました。
アンの目はこれまでと違っています。
不安を抱えた少女を感じさせる印象があった瞳から影が消え去り迷いのない強い光を放っていました。
私は人類だと堂々と宣言しているようです。
あんにスワンと名付けられたティグロの少女は初めて名前というものを与えられ、書くたびに名前が自分と同化する感覚を覚えていました。
そして、世界の未来を決定する条約に名前をもって署名します。
その様子を中継で見届ける篠崎家にも桜井たちが飲んでるバーにもぎこちなさ、照れ、希望とそれぞれの笑みがあります。
テーマパーク担当大臣、スーパー銭湯開発特命担当大臣、祝日・休日向上特命担当大臣などを歴任し国民から宴会大臣と揶揄されダメと評されてきた富士見幸太郎。
彼を中心にドタバタと巻き起こる未来。それが人に一時の笑顔と活力を与える。
根拠がなくても富士見は言う。
「未来は明るい」と。
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